1920(大 9)4 |
開 校。 神学博士A.K.ライシャワ夫妻、福音教会宣教師L.F.クレーマ女史によって東京牛込福音教会会堂で開校。生徒9名・教師2名。 |
創立者ライシャワご夫妻
クレーマ先生 |
1922(大11)4 |
畑足子教諭がクラーク聾学校師範部へ入学の為渡米、1924年3月帰国。 |
1923(大12)4 |
東京府から聾唖学校として認可される。 |
1924(大13)4 |
東京府及び東京市より助成金を受けるようになる。 |
1926(大15)5 |
世田谷区上北沢に校舎を新築移転。 |
9 |
寄宿舎「桜の寮」設立。 |
1927(昭 2)4 |
集団電気補聴器アメリカより届き、聴能訓練開始。 |
1929(昭 4)3 |
初等部第一回卒業式を行い4月には中等部新設。 |
1933(昭 8)3 |
工学博士山本忠興が理事長及び校長の職につく。 |
4 |
盲学校及び聾学校令による聾唖学校としての認可を受ける。 |
1934(昭 9)3 |
中等部第一回卒業式を行う。 |
12 |
文部大臣松田源治氏来校。 |
1935(昭10)3 |
寄宿舎「桜の寮」閉鎖。 |
1939(昭14)2 |
グルー米国大使夫人来校、12月クリスマスに再度来校。 |
4 |
中等部に技芸科(洋裁、木工)設置。 |
1940(昭15)4 |
創立満20周年記念式を行う。 |
1944(昭19)3 |
財団法人日本聾話学校の設立が認可される。 |
1945(昭20)4 |
長野県小県郡慈野村へ集団疎開。 |
11 |
集団疎開より帰京。 |
1946(昭21)7 |
第一回全国聾教育研究大会が近くの松沢教会の協力を得て本校で開かれる。 |
1948(昭23)4 |
創立者L.F.クレーマ女史再び日本に帰任。 聾教育、盲教育が義務制となる。東京都と教育委託契約を結ぶ。
アメリカより電気聴力測定器寄贈される。 本校児童の聴力測定のみならず在京聾学校児童の測定にも広く使われた。 |
1949(昭24)4 |
寄宿舎「桜の寮」再開、木工教室拡充、講堂に舞台新設。
アメリカより十個の中古個人補聴器届く。電池別の弁当箱大のもの。補修しながら使用。 |
1950(昭25)4 |
大嶋功副校長、ガリオア資金により選ばれて渡米、3ヶ月に渡りアメリカ聾教育視察。 |
1951(昭26)3 |
学校法人へ組織変更が認可される。「ことばと聴力の相談所」開設。3才児クラス編成。 |
4 |
理事長山本忠興召天。 |
6 |
小崎道雄が理事長に、大嶋功が校長に就任。 |
1952(昭27)9 |
キリスト教世界奉仕団からの援助で身体障害者職業補導所開設。
電池を本体に納めた小型化された個人補聴器出現で幼稚部3才児クラス全員に装用を試みる |
1953(昭28)2 |
米国福音教会、内外の篤志家および父兄の援助で幼稚部校舎新築。 |
4 |
創立者L.F.クレーマ女史、勲四等瑞宝章叙勲。 |
1955(昭30)4 |
創立35周年記念式を行う。 |
11 |
秩父宮妃殿下ご来校。 |
1956(昭31)3 |
創立者H.O.ライシャワ夫人召天。 |
1957(昭32)6 |
創立者L.F.クレーマ女史40年にわたる奉仕を終えて帰国。 |
1958(昭33)6 |
大嶋功校長、英国マンチェスター国際聾教育会議に日本代表として出席。 |
1959(昭34)8 |
第一回「聾児とその母親の為の講習会」を開く。 |
10 |
文部大臣荒木満寿夫氏来校。 |
1960(昭35)4 |
2才児クラス編成。 |
5 |
参議院文教委員来校。 |
7 |
第二回「聾児とその母親の為の講習会」に併せて第一回「幼聾児教師養成講習会」を開く。 |
8 |
本校幼児教育をNHKが2週間にわたりラジオ放送。 |
11 |
寄宿舎「桜の寮」閉鎖。 |
1961(昭36)4 |
米国ハーヴァード大学教授エドウィン・ライシャワ博士、駐日アメリカ大使として赴任。 |
10 |
創立者A.K.ライシャワ博士、ライシャワ駐日大使夫妻と共に19年ぶりに来校。 |
11 |
大嶋功校長、文部大臣より教育者表彰を受ける。
創立者A.K.ライシャワ博士、東京都から名誉都民の称号を受ける。
小学部三年クラス6人全員に両耳補聴を試みる。 |
1962(昭37)7 |
株式会社ユーハイムと提携、校内に工場を設置、職業教育として製菓指導開始。 |
1963(昭38)4 |
オランダのペアトリックス王女殿下ご来校。 |
5 |
アフリカのシュヴイッア博士ご令嬢レナ・エッケルト夫人来校。 |
1964(昭39)11 |
母子教育施設フェリシア館新設。 |
12 |
前米国大使エドウィン・ライシャワ博士本校後援会名誉会長となり、後援会拡充。第一回冬期母子講習会を開く。 |
1965(昭40)11 |
全国視聴覚教育合同大会聾学校の部が本校で開かれる。
全校生徒の両耳装用を始める |
1966(昭41)2 |
校地・校舎を町田市野津田町に移転する事を決める。 |
4 |
幼稚部に乳幼児組を新設、3才未満の乳幼児教育開始。 |
1966(昭41)2 |
0才児教育開始。 |
4 |
町田市野津田町の新校舎起工式。 |
1968(昭43)7 |
町田市新校舎へ移転。 |
9 |
町田市の新校舎で授業開始。 |
11 |
校舎落成感謝会。
オージオロジー部を確立する |
1969(昭44)4 |
私立特殊教育諸学校に対する国庫助成が始められる。 |
5 |
古河建設社長、島村広吉氏よりチャペルの寄贈を受け献堂式を行い「島村チャペル」と名付ける。 |
1970(昭45)1 |
関東地区聾教育研究大会、聴能教育研究会が本校で開かれる。 |
11 |
秩父宮妃殿下をお迎えして創立50周年記念式典。 |
1971(昭46)7 |
創立者A.K.ライシャワ博士召天。 |
1973(昭48)6 |
小崎道雄理事長召天。 |
8 |
鵜飼伯が理事長に就任。 |
1976(昭51)4 |
創立者L.F.クレーマ女史召天。
鵜飼伯理事長召天。 |
7 |
武藤富男が理事長に就任。 |
1977(昭52)4 |
難聴幼児通園施設「ライシャワ・クレーマ学園」開設。 |
1979(昭54)1 |
関東地区聾教育研究大会が本校で開かれる。 |
1980(昭55)1 |
創立60周年記念式典を行う。 |
1982(昭57)4 |
大嶋功校長、勲四等旭日章受賞。 |
1985(昭60)4 |
同窓会創立50周年記念大会を開催。 |
1988(昭63)1 |
M.クラーク先生によるワークショップ開始。
赤外線補聴システムによる集団補聴設備が導入される |
1989(平元)9 |
武藤富男理事長辞任。
岩村信二理事長に就任。
聴覚活用が深まり本校教育を「聴覚主導の教育」と唱え始める |
1990(平 2)7 |
70周年記念事業として、ライシャワ・ホール、クレーマ・ホールの建設、フェリシア館の改築、オージオロジー部門の改装整備など完成。 |
11 |
70周年記念式典を行う。 |
1993(平 5)6 |
森山真弓文部大臣来校。 |
12 |
秋篠宮紀子妃殿下ご来校。 |
1994(平 6)2 |
関東地区聾教育研究大会本校で開催。 |
1995(平 7)3 |
大嶋功校長退任。 |
4 |
安積力也教頭が校長に就任。 |
1998(平10)2 |
武藤富男前理事長召天。 |
6 |
大嶋功前校長召天。 |
2000(平12)3 |
安積力也校長退任 |
2000(平12)4 |
川田殖校長就任 |
2000(平12)8 |
創立80周年事業として、小中学部棟耐震工事を行う。 |
2000(平12)11 |
創立80周年記念式を行う。 |
2005(平17)3 |
川田殖校長退任 |
2005(平17)4 |
中村克孝校長就任 |
11 |
同窓会創立70周年記念大会を開催 |
2007(平19)3 |
中村克孝校長退任 |
2007(平19)4 |
西海昭延校長就任 |