
| 0歳児親
ライシャワ・クレーマ学園に入園して1年4ヶ月経ちました。
入園当時はねんねの娘に必死で語りかけ、音へと意識しすぎた生活だったように感じます。今年度はゆっくりですが、娘に新たな発見を日々感じながら過すことのできた一年でした。支えなしで歩けるようになった日、名前を呼ぶと「はーい!」と手をあげ返事ができるようになった事、「ママー」と甘えて抱っこを求めてきた顔など毎日たくさんの思い出があります。通園をはじめ、周囲の方々の暖かさに触れ、担当の大林先生と共に我が子の成長を喜び、分かち合える事に感謝しています。
頂いた童謡のCDを運転しながら聞く生活も一年続き、今は身ぶりをつけ「さいたーさいたー」や「ぺったんこ」「おおきなたいこ~ドーンドン」など娘なりに熱唱しています。毎日の積み重ねの重要性を感じ、その姿を微笑ましく感じています。
これからもっと理解語も増え成長を感じると共に、不安や悩みもあると思います。明るく成長し、娘の笑顔をいつまでも見られるように、私自身ももっと成長できたらと思います。4月から1歳児グループになるので、行事に参加し、お友だちと遊ぶ機会をもっと増やせたらと思っています。
ライシャワ・クレーマ学園の先生方、これからも宜しくお願いします。
0歳児親
娘の人生の始まりはとても慌ただしいものでした。出産の喜びもつかの間、「低血糖」「黄疸」「心房中核欠損症」などで入院し、不安定な状態が続きました。1ヶ月後…やっと体調も落ち着き、家族4人の生活が始まりました。
そんな中で迎えた1ヶ月健診。病気はどの程度よくなっているのか…期待と不安で健診の時を待ちました。その時の先生のことばは今でも鮮明に憶えています。「耳が聞こえていないかもしれない…これは大変ですよ…」それから娘の将来をかけた家族の奮闘がはじまりました。地元の大学病院での検診を繰り返し、娘の可能性を信じて東大病院に向かいました。専門の難聴外来があり、様々な情報を収集した結果、このライシャワ・クレーマ学園を紹介していただきました。夫婦で学園の説明を聞かせていただき、理念や方針、難聴との向き合い方や子どもたちの“声”、全てに共感し、即座に入園を決意しました。
そして入園して2週間。いよいよ娘の“みみ”が誕生。初めて入った音の世界にきょとん顔の娘…。井上先生はじめ、みなさんの温かいご指導をいただき、毎日娘と向き合いました。丁寧な語りかけや、生活の中の些細な音。慣れない毎日に、くじけそうになった日もたくさんありました。しかし・・学校に通うにつれライシャワ・クレーマ学園のみなさんの励ましや協力を頂いたり、同じ悩みを共有するお母さんたちと触れ合うことで何度も助けられました。
そして今では…
「ままぁ」「ぱぱぁ」「ちょうだい」「おいでぇ」「けいごぉ(兄)」「ふぇありー(犬)」などのことばを話すまでになりました。身振り手振りを真似して“チューリップ”を唄う娘を見ながら、このライシャワ・クレーマ学園に入園して本当に良かったと改めて感じております。来学期はグループにたくさん出席し、友だちとのコミュニケーションも充実させていきたいと思います。これからも娘とちょっと未熟なお母さんをよろしくお願いいたします。 |
|

0歳児親
娘が生れて、病院で看護婦さんが“泣き声がとても大きいわねー”、とても元気が良い証拠だと喜んでいました。しかし翌日、AABRの検査で再検査と言われ、私たちは頭の中が真っ白になって退院した日を今でも鮮明に憶えています。小児科のお医者さまはまだ検査が必要ということをおっしゃっただけで、私たちは今後どのようにして娘を育てていけばよいのか不安だらけの毎日でした。
お父さんがインターネットでいろいろな情報を集めてくれて、ライシャワ・クレーマ学園を探してくれました。ちょうど去年の今の時期、家族でドキドキしながら学校の見学に行きました。学校では子どもたちが健聴児と変らなく、のびのびと自由に遊んだり、先生やお母さんとお話している姿を見て、とても感動しました。娘にも普通に会話できる日が来るのではと確信しました。
1学期は、学校に遅刻しないように娘に補聴器をつけて登校するのが精いっぱいでした。酒井先生にはいろいろな事を非常に丁寧に指導して頂きまして感謝しています。2学期はグループの行事にも参加できるようになって、みんなと作ったお月見団子、茶巾絞りなど、小さいうちから良い体験をさせて頂きました。3学期はおひなさまを作って歌をうたったり、お友だちと遊ぶようにもなりました。
これからも先生やお母さまたちとは長いおつきあいになると思います。どうぞよろしくおねがいします。
1歳児親
息子がライシャワ・クレーマ学園に入園してもう1年9ヶ月になりました。
この1年を振り返ると、心、体、耳、たくさんの成長がありました。去年の今頃はヨチヨチと歩いていたことを思い出せないほど、今の息子はと~ても活発な男の子になりました。毎日体力勝負の子育てで、あっという間に1日が過ぎていきます。
私自身は毎日の生活に必死になっているなか、息子は着実に成長していってくれました。音と触れ合うことが大好きで、モニョモニョと何か歌いながら一人遊びをする息子の姿がとても愛らしく思います。理解語・自発語もたくさん増えました。嬉しい気持ち、悲しい気持ち、怒っている気持ち、いろんな感情を声と身体を使ってたくさん伝えてくれるようになりました。また、こちらが話すことばの摸倣が上手になりグングンと成長してくれています。しかし、時にはお互いの意志の疎通が思うようにいかずに、息子も私もストレスに思ってしまうこともありました。息子は何て言いたいのかな…息子のことばが聞きたいな、と思うこともありました。
このようにたくさんの成長はあったもの、この1年は滲出性中耳炎を繰り返し、鼓膜の状態が一向に回復せず聴力が下がったままの状態でした。そして、このことをきっかけに人工内耳を検討し始めたことがこの1年で一番の変化でした。たくさん悩み、先生や先輩ママにもたくさん相談に乗っていただき、悩みに悩んだ末「息子が聞こえる社会で少しでも生きていきやすくなったら…」と願い、人工内耳の手術の決断をしました。とても活発なので、術後の不安は大きいですが、音が大好き!お話が大好き!な息子はきっと新しい音の世界を喜んでくれると信じています。
来年度は、お姉ちゃんの幼稚園入園、息子の人工内耳の手術、2歳児グループになるなど大きな変化がありますが、どんなときも息子とお姉ちゃんの気持ち・心に寄り添い、共に感じ、喜び一緒に成長していきたいと思います。
2歳児親
昨年11月にライシャワ・クレーマ学園に入園し、あっという間に4ヶ月がたちました。 個別だけでなく、グループにも沢山参加することができ、娘もなじんできたようです。
娘はお腹の中に37週いたけれど、1620グラムと小さく生まれました。NICU退院時に「難聴の疑いがあります。まだ小さいので半年後位に再検査してください」と言われてもさほど気にしておらず、どうして大きくならないのか?どうしたら大きくなるのか?ということに必死でした。発育以外に発達にも遅れが出てきて理学療法の訓練が始まりました。
そんな中、生後半年過ぎて聴力の再検査をしたところ、やはり難聴があることが確定し、何回かの検査の後、1歳頃から補聴器をつけ病院での訓練も始まりました。その頃、私は仕事をしていたため毎日があわただしく、正直難聴については病院任せの所がありました。
娘の進路を考えているときに、ライシャワ・クレーマ学園の存在を知りました。驚いたことに私の育った町田市にあり、運命を感じました。教育相談に来て「しゃべれるようになる」と言われ、一緒に頑張っていこうと夫婦そろって決意しました。
今年度は弟の誕生、保育室や療育教室とのお別れ、引越し、新しい環境の始まりと、めまぐるしい1年でした。娘は新しいこと、人、場所など、自分で納得して安心するまでは決して心を開かず、慣れるまでに人一倍時間がかかる子です。しかし今までの経験があったからか、ライシャワ・クレーマ学園には思ったより早く慣れることができました。ライシャワ・クレーマ学園に通うようになってわかったのが、娘は歌が好きだということです。CDをかけて好きな曲だととてもうれしそうな顔をし、車の中だと手を動かしています。グズグズしているときに、好きな歌をうたい始めると泣きやみます。
まだはっきりしたことばは出てこないけれど、いろんなことを理解してきているようです。来年度もライシャワ・クレーマ学園にお世話になります。娘の可能性を信じ、一緒に楽しく過ごしていきたいと思います。
2歳児親
この「おもいで」原稿も最後の年になりました。
息子がライシャワクレーマ学園に入園したのは10ヶ月頃でした。その頃は全く補聴器がつけられず「本当につけられる日が来るのだろうか?」と思っていました。でも、ある日1日も外さずにつけていられるようになっていました。それからは話すことばもどんどん増えて、今では「さかいせんせい。がっこういくよ」と文で話すようになりました。たまに「がっこういかないよ」と言う日もありますが、基本は学校(ライシャワ・クレーマ学園)が大好きです。
2歳になりグループに参加すると、お友だちの名前も言えるようになりました。カード帳にカードを貼るのが大好きで、返してもらうときも今では返事をして受け取りにいくこともできます。本当にビックリするほど成長しました。このままのびのびと成長していって欲しいです。 担当の酒井先生にはいつもわがままばかり言って、ご迷惑をたくさんかけたと思います。でも、先生は優しく聞いてくださって、私のことを支えてくれました。本当にこの3年間ありがとうございました。
4月からは幼稚部です。息子には妹もいて、我が家から幼稚部に通うのは大変な距離ですが、更なる成長が見たいので母は頑張ります!!
最後に、これまで支えてくださった先生方、そして一緒に学園生活を過ごしたお友だちのお母さま方。本当にありがとうございました。そして幼稚部にあがる皆さん。これからも親子共々よろしくお願いします。
4歳児親
あっという間の一年間でした。佐々木先生に指導していただいた一年間は娘にとって充実していましたし、個別での出来事が幼稚園でのお友だちとの会話のやりとりの中で非常に役立って、年中から入園した園生活も有意義に落ち着いて送れることができました。
佐々木先生との個別では、娘に質問したり、疑問をなげかけて本人に考えさせることがほとんどで、はじめは娘にとってハードルが高いのではないかと思いました。一学期がすぎて、二学期後半から娘に変化があり、幼稚園での出来事、遊んだ事、先生にどうしておこられたのか、お友だちとの状況、生活のあらゆる場面で相手にわかりやすく伝えるのが身についてきて、個別での佐々木先生の問いかけにも、しっかりと自分の思った事、感じた事、不思議に思った事などをきちんと答えていました。このような力を身につけられたのも佐々木先生のご指導のおかげだと深く思っています。本当にありがとうございました。オーディオロジーのスタッフの方、他先生方、一年間お世話になりました。ありがとうございました。
5歳児親 「小学生になる息子へ」
3年前、ライシャワ・クレーマ学園2歳児を修了するときにもう一度「思いで」を書くことになるとは思いもよりませんでした。日本ろう話学校の幼稚部で2年過し、さふらん幼稚園へのインテグレーション。あっという間の1年でした。
親子の不安な気持ち、母親である私自身の「どうしたらいいのか…」とずっと抱えていた気持を支え、導いてくださった佐々木先生はじめライシャワ・クレーマ学園の先生方、本当に1年間ありがとございました。
さふらん幼稚園での1年間、佐々木先生との1年間、息子にとってどんな年だったのでしょう?「さふらんに行ったら、毎日お弁当が食べられるよ」という一言で急に決心してくれた息子が迷っていた母の気持ちを押してくれましたね。たくさんのお友だちの中で、いろんな刺激を受け、帰ってきてから「○○ってなあに?」「△△って知ってる?」と確認するようにお話してくれたね。幼稚園でいっぱい頑張った分、佐々木先生にはたくさん甘えていたかな?自分からお友だちの中へ入っていけないこともあるみたいだけれども、大好きな先生につられて「疲れて夕飯が食べられない…」と言うほどたくさん遊んでくる元気な子になったね。熱ばかり出して、楽しみにしていた幼稚園のキャンプや頑張って練習した運動会も出られなくて2人で泣いてしまったけれど、お友だちと協力して準備したことや、出来なくても縄跳びや鉄棒を何度も練習したそのことが息子にとって宝物になっていると思っています。
いつも「できなくても良いんだよ、頑張ったんだから…」って言っていたけれど、息子はとても頑張りやさんで出来るようになることがたくさんあるんだって分かったから…これから小学生になる息子□□へ「□□ならできるって信じてるよ。応援しているからね!」
|