本校中学部卒業生の進路

図は、本校中学部の卒業生の進路です。本校は個々の成長に合わせ、様々な段階で他の学校へインテグレーションすることが可能ですが、中学部のみに注目した場合でも、普通高校ヘインテグレーションする生徒の割合が圧倒的に高いことがわかり、本校の特色の一端がみられます。

また、1976年に、事業主が障害者の雇用を義務づけた障害者雇用促進法が改定され、就職の間口がさらに広まりました。一般の高校や聾学校の高等部に進んだ者たちのほとんどが、制限されることなく就職できるようになっています。

本校の卒業生は、銀行、保険、メーカー、情報処理会社、役所など幅広い業種に就職しています。責任ある地位にある者も増えています。仕事に電話を活用している者も増えています。一方、健聴者とは会話を用い、聴覚障害者同士では手話を使って生活している者も少なくありません。会社勤めをしている幾人かの人たちの話によると、仕事では声を出し、聞くことでコミュニケーションをとりながらも、必要によっては書いて、確実に伝達しあっているそうです。しっかりした内容を持ち、きちんと書いたり読んだりする力があれば健聴者と共にやっていくことができるというのです。

ホームページデザイナー(電気会社勤務)幼稚部3年間で聴く力を身につけ、小学校から地元の学校へ進学

1980年4月本校幼稚部に入学、1983年幼稚部卒業。

その後、健聴児の通う地元の小・中学校へ進学(日野市立平山台小学校、日野市立平山中学校)。私立立川女子高校、西武文理情報短期大学を卒業後、電気会社に入社。現在は、コンピュータソフトウェア事業部に所属し、ホームページ作成や設備管理などの仕事に取り組んでいます。
(1977年生まれ・女性)

食品分析研究員・スキー指導員(食品会社勤務)聴覚障害者スキーの指導・普及活動にも貢献

1975年9月本校幼稚部に入学、1980年幼稚部卒業。

その後、健聴児の通う地元の小・中学校を経て、都立東大和高校、東京農業大学農学部栄養科学へ進学。卒業後、食品会社に入社。以来、分析センターに所属し食品分析業務に携わる。入社後始めたスキーで2002年全日本スキー連盟公認スキー正指導員を取得し、現在は聴覚障害者のスキーの発展を願って、指導・普及活動も行っています。
(1973年生まれ・女性)

エンジニア(電機会社勤務)趣味のサーフィンでも大活躍(現・同窓会会長、本校評議員)

1961年本校幼稚部に入学、1973年中等部卒業。

その後、健聴児の通う、工学院高校、工学院大学電子工学科へ進学。卒業後、電機会社に入社。2000年、同窓会会長、本校評議員に就任。また、仕事以外でも、日本サーフィン連盟理事、世界デフサーフィン連盟ジャッジ委員長としても活躍しています。
(1961年生まれ・男性)

獣医師・食品技術研究員(食品会社勤務)獣医師国家試験に合格

1966年4月本校幼稚部に入学、1979年中等部卒業。

その後、健聴児の通う、大東文化大学付属盈進高校、北里大学獣医学科へ進学。1989年2月獣医師国家試験合格。同年4月、食品会社に入社。生物科学研究所に所属。現在、技術研究所にて乳酸菌の開発に従事しています。
(1966年生まれ・男性)

卒業生の活躍
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