日本聾話学校の創立者、ライシャワ博士がたが導入した時の口話法は、ことばを目で見る読話(読唇)によるものでありましたが、その後、補聴器をつかって、耳からことばを聞くことができるようになりました。
本校では、開校の初期から、種々耳を使うための工夫がなされて来ましたが、第二次大戦後、アメリカから中古補聴器を沢山送ってもらい、聴覚活用によって、教育の効果を飛躍的にたかめることができるようになりました。
耳を活用するには早期が大切なので、本校では0才から受け入れ、両親が、日常の家庭生活の中で、絶えず赤ちゃんに話し掛け、楽しく明るい雰囲気の中で、伸び伸びと育てるように、援助しています。そうすると、赤ちゃんもよく声をだして、母親やまわりの人と、声や、表情や、ことばで、語り合うようになります。
3才位になると幼稚部に進み、毎日学校へ来て、友達同士のふれ合いの中で育つようにします。
学齢になる頃には、一般の小学校へ進む(インテグレート)のが望ましい程になる子どもも次々と出てき、ある子は小1で、ある子は小2、小3で、というようにインテグレートし、あるいは、本校の小学部、中学部を卒業して、普通高校へ進むというようになり、高卒生の多くは専門学校や大学に進み、それぞれ専門の仕事につくようになっております。
然しながら、このように教育が進む一方、生徒数は少なくなる傾向があり、私立学校としての経営は苦しくなってまいります。国や都から経費の66%前後にあたる助成がありますが、生徒数が少ないため授業料収入は12%を越える事はありませんので、残り22%くらいは後援会や寄付の収入によらざるを得ない状況にあります。
ありがたいことに、現在後援会収入が年800万円程になっていますが、上述のような事情から、これを、差し当たり1,000万円程度に致したいと願って居ります。
また、現在は法人会員が主力をなして居りますが、なるべく多くの個人の方々にもご理解とお支えを頂いて、経営の基盤を厚くして参りたいと願って居ります。
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